『ようこそ!FACTへ』感想。元・陰謀論にハマりかけた僕が気づいた「正解がない熱狂」の正体。

雑記・ライフ

『チ。-地球の運動について-』や『ひゃくえむ。』でおなじみ、魚豊先生の新作**『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』**を読みました。

表紙やあらすじだけ見ると「ラブコメ」「陰謀」といったことが書いてあってどんな作品か全く予想がつきません。

ですが正直、読んでみて胃がキリキリしました。 主人公・渡辺の抱える焦燥感、そしてそこから「沼」にハマっていく過程が、あまりにも「わかる」から。

今日は、かつて実際に怪しいコンサルや陰謀論に片足を突っ込みかけた経験がある僕だからこそ書ける、この作品の「本当の怖さ(と面白さ)」について語ります。

※ネタバレはほぼなし。考察ではなくただの感想です。

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あらすじ

「俺の人生、まだ始まっていない」

物語の主人公・渡辺は、非正規雇用で食肉工場で働く青年。 来る日も来る日も肉を加工し続ける単純作業の中で、彼は強烈な焦燥感を抱えています。

「俺の人生、まだ始まってもいないんじゃないか?」

そんな焦りから、彼はある自己啓発セミナーに参加します。 「ここでなら、自分の人生を始められるかもしれない」 そう予感して高揚したのも束の間、それがマルチ商法の手口であることに気づかされます。

騙されかけ、何も変われない自分。 情けなさと自己嫌悪に沈んでいたその時、彼が一人の女性と出会うところから物語は動き出します。

恋から始まったはずが…?

出会ってすぐに彼女に惹かれ、「これは恋だ」と直感する渡辺。 どん底にいた彼にとって、彼女は人生を輝かせる希望の光に見えたはずでした。

しかし、その「恋」は予期せぬ方向へ転がり落ちていきます。 彼女が関係しているSNSが、ある組織によってジャックされ……。

変わり映えのない日常と、突然の「劇薬」

作中の主人公は非正規雇用で、将来への漠然とした不安を抱えています。 僕にも同じような時期がありました。

福祉職施設で働いていた頃、毎日が同じことの繰り返し。 決して高くはない給料。 「このままでいいのか?」という焦りだけが募る日々。

そんな時、心の隙間に入り込んできたのが、**「コンサル系の怪しいビジネス」や、「陰謀論」**でした。

今振り返れば「なんであんなものを?」と思います。 でも当時は、それが輝いて見えたんです。 なぜなら、退屈な日常を一瞬で変えてくれる「劇薬」だったから。

この漫画の主人公も同じです。 彼が求めていたのは「真実」そのものというより、「自分は何者かである」という実感や、「世界と繋がっている」という高揚感だったんじゃないか。僕はそう感じてなりません。

なぜ人は「陰謀論」にハマるのか?

この漫画を読みながら、そして自分の過去を振り返りながら、一つの結論に達しました。 人があっち側の世界にハマる理由は、2つの要素が重なった時です。

  1. 不安や寂しさを紛らわせたいという「弱さ」
  2. 何かに熱くなりたいという「情熱」

一見矛盾するようですが、この2つはセットです。 そして、陰謀論やオカルトには「正解」がありません。

ここが一番のポイントです。 正解がないからこそ、永遠に議論し、永遠に探求し、永遠に熱狂していられる。 終わりのないゲームだからこそ、その熱は冷めることなく、孤独な時間を「充実した(と錯覚する)時間」に変えてくれるんです。

僕自身、過去のアメリカ大統領選の情報に触れている時は、何かに「参加している」気になれました。「正解のない謎」に熱くなっていました。

◆体験談:ディープステートと戦う「光」を信じて

具体的に、過去に僕がどんな状態だったか恥を忍んで話します。

2020年に行われたアメリカ大統領選。当時の僕は、本気でこう信じていました。 **「バイデンは闇の組織(ディープステート)側の人間で、トランプこそがそれと戦う唯一の希望だ」**と。

SNSを開けば、そこにはマスメディアが報じない「真実」が溢れていました。 今冷静に見れば「そんなわけない」と笑い飛ばせるような話です。でも、当時の僕にとっては、それこそが世界の裏側を暴く衝撃的な事実に見えたのです。

「自分だけが真実を知っている」 この優越感は強烈でした。 周りの人たちが何も知らずに暮らしているのを見て、「教えてあげなきゃ」という謎の使命感すら湧いていました。さすがにストレートに言うと引かれるので、少しオブラートに包んで、匂わせるように発信したりして…。 それくらい、僕は熱くなっていたんです。

◆熱狂の終わり、そして「何も起きなかった」

あんなに熱中していた僕が、なぜ目を覚ますことができたのか。 誰かに説得されたわけでも、議論で負けたわけでもありません。

ただ、**「何も起きなかった」**からです。

バイデンが大統領に就任しました。 SNS上では「就任式の日に何かが起きる」「大量逮捕が始まる」「世界がひっくり返る」と、まことしやかに囁かれていました。僕も固唾を飲んで画面を見守っていました。

でも、何も起きなかった。 空は落ちてこないし、闇の組織も暴かれない。ただ淡々と、政治の手続きが進んでいくだけ。

その瞬間、僕の中で燃え盛っていた熱が、急激に冷えていくのを感じました。 **「ああ、現実はこんなにも静かで、地味なのか」**と。 SNSの中にある「劇的な物語」と、目の前にある「変わらない現実」。そのギャップを突きつけられた時、僕はようやく、終わりのないゲームからログアウトできたのです。

◆信じたい理由は、人それぞれでいい

この作品がリアルなのは、主人公以外の登場人物たちの背景も丁寧に描かれている点です。

作中には、おばあちゃん、チャラそうな男性、家族とうまくいっていないおじさんなどが登場します。 彼らが陰謀論に熱中する理由もまた、バラバラです。 本気で世界を良くしたいという正義感の人もいれば、ただみんなと話したいだけの人、暇つぶし、あるいは自分の信じたい世界を補強したいだけの人…。

そこにあるのは「狂気」というより、どこにでもいる人間が抱える、ありふれた寂しさや退屈でした。

◆彼が「何者か」になりたかった本当の理由

中でも主人公・渡辺君の動機は、あまりにも人間臭くて、胸が締め付けられます。

彼は非正規雇用でお金もなく、自分でも「頭も良くないし、かっこよくもない」と認めてしまっている青年です。 そんな彼が唯一、自分を肯定できる要素。それは**「小学校の時、小テストで褒められた」**という、ささやかな過去の記憶だけでした。

そんな彼が、なぜあそこまで必死に自分を変えようとしたのか。なぜ「世界の真実」にのめり込んだのか。

それは、好きな人に「好き」と伝えたかったからなんじゃないかと僕は思う。

今の「持たざる自分」のままでは、彼女に想いを伝える資格なんてない。 だから、特別で、強くて、自信のある「何者か」になりたかった。

彼が求めていたのは陰謀論そのものではなく、**「胸を張って恋ができる自分」**だったんです。 そこで彼が出会った手段が、たまたま「陰謀論」だったというだけ。もしそこで出会うものが違えば、彼の人生は違ったものになっていたかもしれません。

「熱」の向け先を選べるということ

この漫画は、「陰謀論にハマるなんて愚かだ」と笑うための作品ではありません。 「自分を変えたい」「誰かに認められたい」という熱量は、誰もが持っているものだと突きつけてくる作品です。

陰謀論に熱を向けるなと言っているわけではありませんが、今の僕は、幸いにもその「熱」を別の方向に向けることができています。 ブログを書くこと、資産形成で目標(35歳で1億!)を追うこと、ジムで体を鍛えること。

もし今、日常に退屈していたり、自分を変えたいと焦っている人がいたら、ぜひこの漫画を読んでみてください。 そこには、僕らと同じように「何者かになりたかった人たち」の、痛々しくも愛おしい姿が描かれています。

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